泳ぐオダジン放送局

日々フラフラっと回遊しながら気づいたことをラジオでフリートークするようにお届けします。ラジオ好き、少年ジャンプ好き、ハンバーガー好き、ヒトが好き。※本ブログの内容は、私個人の考えです。所属する組織・団体とは関係ありません

Most Likely To Succeedを見てきた

今日は「ドの会」に久しぶりに参加してきました。※ドの会は学校教育について熱い取り組みをしている人たちの集まりで、私にとっては普段触れる機会の少ない人や情報に出会える貴重な機会です。

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今回は記念すべき20回目!

ドキュメンタリー映画 Most Likely To Succeed

2015年にアメリカで公開された映画で、2000年に開校した「High Tech High」という学校を紹介しつつ、旧来の学校の問題(限界点)と、これから求められる教育や学校のあり方、新しい学校の仕組みとやり方に戸惑う親たちの様子、実際に通っている生徒が授業に取り組みながら成長していく姿を描いている作品です。

詳しくはこちらのサイトなどをご覧ください。

映画「Most Likely To Succeed」ーこれからの世界で生き抜く子どもを育てる新しい学校教育とは?|アットカフェ

Project Based Learningの様子を見てみたかった

学校教育の新しい形云々は置いておいて、今回この映画を見てみたいと思ったのは、実際に取り組まれている「Project Based Learning(以下、PBLと略します)」の様子を見たかったからです。

今、仕事で「PBL実践のための基礎スキル講座」の運営に関わっています。これまでに研修でPBLっぽいことはやったことはありましたが、果たして自分がやっていたのはPBLと呼んで良いのかな?ガチで実践するとどんな感じなのかな?とPBLを見てみたい欲求が高まっていました。

出来ないところから始まるのは世界共通

映画は、高校1年生の新入生たちが最初の授業で戸惑うシーンから始まりました。

先生から細かく指示が出ないため、生徒たちが動き始めることができません。

先生から自分の意見や考えを述べるように質問されても、自分の意見や考えが出てこなかったり、言語化することができません。

「あ、アメリカの、しかもこの学校でも最初はこうなんだな」と思いました。

もちろんこの映画で描かれているシーンがアメリカの全てではないと思いますし、わかりやすいシーンを映画にしているのだとも思います。

それでも、このシーンからスタートしたことには大きな意味があると感じました。

初めてのPBLに、生徒たちは少しずつ対応していく

これからPBLを取り入れようとする人たちの多くが、既にPBLを実践していて、生徒たちがある程度対応できるようになっている様子を見学してから始めるのではないかなと。

そうすると、自分の学校やクラスでも「しっかり作られたPBLのカリキュラムなら、生徒たちはいきなりPBLに対応できる(対応させられる、対応させなければ)」と思いがちなのではないでしょうか。

「えっ、どうしたらいいの?」と生徒たちが迷い始めると、先生も初めてで、気合も入っているから、「〇〇しなさい」と指示を出してしまいがちではないかなと思います。先生はそこを耐えて、生徒たちに考えさせて、生徒たちが自分で行動するように関わり続けていくことが、肝なんだなと思いました。

ただ何かを作らせて発表させるだけではない、学習が緻密に設計されている

PBLはプロジェクト活動の中で成果を作り、最後にその成果を発表するようにプログラムされています。映画の中では、工作と演劇、それぞれの成果を作り上げる過程と発表の様子が出てきました。

授業の最初にこのようにして先生たちが生徒に伝えていました。(私なりの解釈です)

  • 何を学ぶのか
  • その学びには何が関連するのか
  • 何を調べるのか
  • 学んだことを何で表現するのか

何かを調べて発表させるだけならそれほど難しくありません。でも、何を学ぶのか、その学びには何が関連するのか、ここの設計がとても多層的?多角的?で、それらがきちんと成立するように緻密に設計されている様子でした。

もちろん偶発的に生まれる学びもあると思いますが、大半の部分は生徒たちが学習活動を進めていく中で、学ばなければ前に進めないように作られていると感じました。やらされるわけではなく、あくまで自然に。

先生が評価するのではなく一般に公開する

学習の成果を成績評価のために担任の先生がチェックするのと、一般公開して不特定多数の人に見てもらうのでは、意味もプレッシャーも大きな違いがあるはずです。

これは先生たちにとっても同じはずで、自分の授業の良し悪しや先生としての力量を見られることになる、つまり世間から自分が評価されることになります。学校そのものの評価にもつながります。

そんな状況下で、生徒たちの成果に直接的に口を出さず手を出さず、例え失敗したとしてもその失敗を許容し、失敗も含めて公開する姿勢には、尋常ではない胆力を必要とするなと感じました。(捉え方次第とわかってますが、それでも私なら胃が痛くて気持ち悪くなりそうです。。)

振り返りの前に、ガッツリやってるから振り返りに意味がある

発表して終わりではなく、成果やプロセス、特にプロセスがどうだったのかを振り返っている様子が描かれていました。振り返りの場面には親も同席できるようで、目の前で我が子の話す様子や、先生や生徒たちとやりとりする様子を見て、成長を実感して感極まっていました。

ちょっと1日研修して振り返りみたいなレベルではここまでに至らないよなあと。今更ですが、振り返りって、その前に圧倒的な体験があってこそ意味があるんだよなと。どこか、取ってつけたような振り返りになりがちなのって、きっと、体験が足りてなかったんだろうなと。

生徒をこんな風にしたいと勝手に決めつけていないか

High tech highの先生のコメントに「生徒をこんな風にしたいと、先生が勝手に決めつけないことが大事だ」のような一言がありました。

そう思ってやっているつもりですが、決めつけてしまってることあるよなあと、反省しました。特に家で子供と接しているときに「こうあるべき」「こうなってほしい」と思う自分が前面に出てしまうことはまだまだ多いです。

子供が進学先の選択肢としていろんな学校を知っておくこと

私も妻も、公立中高に進学することをベースに考えています。経済的なこともありますし、自分たちの体験から、公立の学校だからこそ学べることもあるよねと思っています。

でも今回の映画を見て、親がいろんな学校があることを知っておくことは大事だし、子供たちが自分の進学先の候補として、いろんな特色のある学校が選択肢としてあるんだなということを知っておくことと、そこから自分で選ぶことって大事だよなと思いました。

私自身、中3の途中までは地元の学区の高校に行くと思っていた(そこしか選択肢がないと思っていた)のですが、たまたま教室にあったパンフレットを見て、「こんな学校があるのか!行ってみたい!」と思って、自分から行動に移り、あれよあれよと自分の気持ちが固まって、実際にその学校に進学することができました。

親が選んで決めるのではなく、子供が選んで決められるようなアプローチは取りたいなと思いました。

 

バラバラと取り留めなくなってきたので、この辺で。

 

素敵な明日を