odajinの日記2.0(仮)

現在ブログの方向性を考え中につき(仮)でお届けしています。※本ブログの内容は、私個人の考えです。所属する組織・団体とは関係ありません。

ピア・メンタリング5回目

今日はピア・メンタリングの5回目でした。

ピア・メンタリングについてはこちらの記事をご覧ください。

一流のメンターとやり取りをする以上の効果が期待できる「ピア・メンタリング」 | ライフハッカー[日本版]

前回のピア・メンタリングについての私の投稿はこちらです。

ピア・メンタリング4回目(zoom)からのマインドフル・ワーク(電車) - odajinの日記2.0(仮)

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※写真はピア・メンタリング中にメンバーが発揮していたプロッキー力の様子

何からどう書いて良いかわからない、まとまらないけど良かった

今の素直な気持ちです。今日のやりとりの中で自分自身のこと、参加メンバーのこと、話題になった内容など、様々なことについて、発見や気づき、新たな理解などいろいろなことがあり、整理しきれていないのが現状です。ですので、今の時点でこれだけは忘れずにおきたきと思うことを1つだけ書いておきます。

自分自身に対する気づきとして「愚かな自分」に気づけたこと

前回の記録を見返したときに、穴があったら入りたいと思ってしまうような愚かな発言(私があるメンバーに言った一言)がありました。ひとつ目の愚かな自分です。

今日の会話の中でもメンバーの皆さんからフィードバックをもらい、愚かな自分について自己認知できることがありました。ふたつ目の愚かな自分です。

愚かな自分がいたことを自分で認知することができて、今、ものすごく清々しい気持ちになっています。

愚かと言われて何故こんなに清々しい気持ちなのか

「他人から「愚か」と言われたらどう思いますか?」と質問されたら、清々しいとは反対の意味で受け取る人の方が多いのではないかと思います。言葉の意味だけを考えたら私もそのように思います。

では何故、私が「愚か」と言われて、また自分で自分のことを「愚か」と気づいて、それを清々しいと思ったのか?

今、自分の中では3つポイントが浮かんでいます。

  1. 自分自身の愚かな行為を自分で認めて、愚かだったことを自らメンバーに告げることが出来、「それは確かに愚かだったよね」と自分の認知とメンバーの認知が一致したから
  2. 対話の中で、不意に出た自分の言葉に対して、嫌な気持ちになったことをストレートに伝えてもらえ、その上でそのように思った背景を説明してもらえ、それを聞いて納得できたし、今までの自分には無いものだったから
  3. 1,2のポイントを支えているのは、ピア・メンタリングのメンバーとの関係性が向上して、お互いに弱みを伝えることや、ストレートなフィードバックを伝えることが出来るようになったからなのかなと気づいたから

毎日ブログの終わりに「素敵な明日を」と書いていますが、今日は自分の明日が素敵になるなと、そんな風に思えております。

 

素敵な明日を